part164●東毅先生 PART1
●映画監督を目指して!!●
自分には兄と姉がいて、そのどちらもまんがが大好きでした。ですから、小さい頃から少年まんがも少女まんがもかなり読んでいました。
でも、自分で描き始めたのは18〜19歳くらいの時からなんです。
それまでは、まんが家になろうなんてことはまったく思っていませんでした。なれるとも思ってなかったんで(笑)。
中学校くらいになったら落書きみたいなことはしたけど、それはあくまでも教科書に落書きをするとかそういうレベルです。
そんなボクがまんがを描こうと思ったキッカケは、サンデーで連載されていた椎名高志先生の『GS美神 極楽大作戦!!』で、あんな作品が描けたらいいなと思ったんです。
その後、兄が映画監督を目指してアメリカに留学したりしていて、そういうのを見ている内に、自分も映画監督か、そうでなくても何かものを作る仕事をしたいとは漠然と思っていました。
それで大学の映画学科を受けたんですが、残念ながら落ちてしまって、1年間予備校に通うことになるわけです。
●自分が楽しむために描いた500ページ!!●
予備校時代は、夜の8時か9時くらいまで居残りで勉強して、家に帰ってきたら10時から12時くらいまでまんがを描くという、実に規則正しい生活をしていました(笑)。
多分親は勉強してると思ってたんでしょうが、サンデーコミックスを見ながら、「こんな風にコマを割っていくのか」みたいな感じで、毎日2時間程度、鉛筆でキッチリ2枚ずつ描くのが日課みたいになってましたね。
そんな生活のおかげで、1年間で500ページくらい描き上がってしまいました。
もちろん『GS美神 極楽大作戦!!』が好きで、マネして描いていたので、自分ではオリジナルのつもりでも、傍目から見たら「どう見てもGSじゃん」というような感じのものでした。「これ、違うとは言えないよね」みたいな(笑)。
その頃は、まんがを描いてるって人には言ってなかったので、あくまでも自分のために描いて、自分が楽しんでっていうレベルでした。
●まんが家に進路変更!!●
そして翌春、2回目の受験になるわけですが、これまた映画学科は再び滑りまして、面接と実技で落ちたんだから、自分はその大学から「いらん」と言われているんだな、と見切りをつけて、一般大学に進学しました。
それでも自分は映画関係の仕事に就きたいと思っていたので、大学在学中から、とある劇団に入って、舞台に立っていました。
別に目標が変わったわけではなく、役者になったあと、それを経由して、演出ができればいいと思ってたんです。
3年目4年目と経験を積む内に、映画の仕事も少しだけやらせてもらえるようになり、より上位の劇団に行くことになったんですけど、その頃に、「これで将来やっていけるのかな」という疑問も頭をかすめました。
そして転機が訪れました。
信頼できる人から、役者よりもまんがの方が芽があるのではないかという助言を受け、まんが家になることに心を決めたんです。

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