part118●若木民喜先生 PART1
●目指せアシスタント!!●
ボクがまんが家に本格的になろうと思ったのは、高校生の後半くらいからですね。
もちろん、まんが自体は小さい頃から大好きで、小学生の頃からスケッチブックにまんがの真似事みたいなものは描いていました。
その後、中学の頃、いっぺんまんがから遠ざかって真人間になっていたんですが(笑)、あるまんが作品をきっかけに、ボクの人生が変わったんです。
その作品というのは、高橋留美子先生の『めぞん一刻』です。
とにかく『めぞん〜』は、その世界があまりにも素晴らしくて、そして美しくも完璧に終わってしまうわけです。それが悲しくて、そのエンディングの向こうを見てみたくてしょうがなくなったわけです。
ボクはそれで、まんが家を目指すというよりも、高橋留美子先生のアシスタントになりたいと思ったんです(笑)。
アシスタントになるからには、先生と同じくらいの絵が描けないといけないと思い、本物そっくりに描けるまで、死ぬほど模写をしました。
もうこうなったら、オレが続きを描くしかない(笑)と思うくらい練習しましたよ。本物そっくりに描けないと、描きたくないですからね。
だから、まず本物そっくりに描けるようになるまでに、かなりの人生を費やしました。
●打たれ弱かったボク●
そんな時、ボクは大きな挫折を味わうんです。
というのは、高橋留美子先生は、女性のアシスタントしか採らないということを聞いてしまって、それでボクは、もういっぺんに目標を失うわけです(笑)。
もう、いたずらに画力だけがあがってしまって(笑)、「どうしたらいいんだ」と絶望の淵に立たされました。
そこで大学の時に、まんがってボクでも描けるもんかなと思って、試しに描いてみようと思い、まんが家になるつもりもなく、何の気なしに新人コミック大賞に投稿してみたんですよ。そしてこの、「生まれて初めて描いたまんが」が、まんまと賞を取ってしまったんです。それは21歳の時でした。
賞を取ったのは、ものすごく嬉しかったんですが、ボクはその時初めてまんがを描いたわけです。
根拠なんかない状態で描いてるから、根拠のない自信を得たんです(笑)。
オレは何かよくわからないけど、天才らしいぞと(笑)。
その調子でまんが界に足を突っ込んだら、当然ですけど、その後がそんなにすんなり行くわけがないんです。
一番最初にネームを3本くらい描いたんですけど、それまで「面白いね」って言ってくれてた編集さんから、初めて「つまんないね」と言われ、ボクはあっさりと挫折しました。
そうです。ボクは打たれ弱かったんです。
●立ち直るまでに5年!!●
自信に根拠がないから、「つまんない」と言われても、原因がわからないんですよ。
そこで、あっさり、ぽっきりと折れまして、その後5年くらい行方知れずになりました(笑)。
電話しても全然出ません。「もうボクのことは忘れてください」みたいな状態で人生を食いつぶしました。
つまり、その間、家から出ないでずーーーーっとゲームばっかりやってたんですよ。
大学も卒業したけど、ゲームばっかりやってるから外を歩く元気もない。もちろん就職するわけでもなく、完全に引きこもりでした。
そんな生活を5年くらい続けて、さすがに26歳くらいになって、引きこもりにも飽きてきました。
さて、それで社会復帰しようにも、5年も引きこもっていたら、その先には何もないわけですよ。
逆に言うと、ボクに残されたすがるワラは、まんがの新人賞を取っていたという一点でしかない。
しょうがないから、またまんがを描いて、厚顔無恥にもまた新人コミック大賞に応募しました(笑)。もうみんなボクのことなんか忘れてるだろうと思って。
すると、編集部から「今度はやる気あんの?」って電話がかかってきて(笑)、忘れられていなかったことに驚き、つい「やる気はあります」って答えたんです。

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