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まんが家バックステージ

サンデー作家陣

久米田康治

Vol.29/2002年9月18日

 1回ぐらい休んだだけでぐだぐだいうな、とか言っておきながら、5回も休んでしまいました。別にいつもより忙しかったという訳ではないのですが、心がどこかに行ってしまい戻ってこなかったので、何も考えられませんでした。
 いつもこうなんです。こうやって、どんどん社会から縁遠くなっていっているのです。 思えば、この日記が唯一の社会との接点だったような気がします。ただ、社会との接点がない人の社会との接点だった気もします。
 担当氏に、はれものにさわるように、「カラーだから、書いてみてはいかがですか」と、うながされ心が戻らぬまま、筆をとりました。ええ、まるで少しだけ病の軽くなった患者さんが、「今日はいい天気ですから、外に出てみましょう」と看護婦さんにうながされるかのように。ええ、まるで引きこもりの少年が、カウンセラーにうながされ、少しだけドアをあけるように。社会復帰……なんだか自分とは縁遠い言葉のような気がしていましたが、一歩踏み出せた気がします。
 いや、待ってください。この文章を書くことにより、むしろ社会と縁遠くなっているのではないでしょうか? ならば書きましょう。復帰などしたくない、社会との隔絶のために、これを書くことにより、社会と接せずにすむのなら。
 最近、ささいなことで眠れないことがあります。なまけ者の中の働き者と、働き者の中のなまけ者は、どっちが働き者かということで悩んだり、アニメの専門学校ですら不登校になる人がいるのか、考えてみたり。心が戻ってこなくても、まんがは描けるんですね。ええ、心ないまんが家の描く、心ないまんがで、すいませんでした。
 心ない行いを繰り返し、心ない人生を生きて、死んでも誰にも悲しまれず、心ないうわべばかりのおくやみの言葉をいただき死んでいくのです。
 ココロ図書館に行けば、僕の心はあるのでしょうか?

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