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サンデー作家陣

磯見仁月

Vol.36/2014年11月19日

グーテンターク!仁月です。
めっきり寒くなってきました。
スタッフとこの前、がぼちゃシチューのルウで、ドリアを作ったのですが、とても美味しかったです。冬になると誰かとご飯を食べるのが、いっそう楽しくなりますね!

さて、本編は引き続きベルサイユでの対局です。
今回出てくる急襲ですが、後になって局面を見ると「ああ、なるほど!」と理解できるのですが、ご協力いただいた棋士の方に最初、この棋譜を提示して頂いた時は、このPの自殺手には全く気付けませんでした。
Pを動かす前の局面を並べてみるとわかるのですが、白側はかなり追い詰められていて、もうなすすべがないように見えます。
名局の棋譜を見ていると、絶体絶命のはずが、ささいな一手が活路を見出すことがよくあります。
日常生活でも些細なことですべてが崩れたり、立ち直ったりすることがありますが、道がないか探す過程は、チェスも人生も似たものかもしれませんね。

今回の写真。
ウィーンにあるもうひとつの王宮、ホーフブルグ宮殿です。
ここはウィーンのリンク沿いにあり、離宮のシェーンブルンと違い、政務や国事が行われる宮殿です。写真のは正面の門ですが、馬車や伝統服を着た衛兵さん、観光客がひっきりなしに通り、当時の様相を思わせます。ケンペレンたちも軍服や礼服で着飾って、この門をくぐったのかもしれません。

ちなみに今話ではケンペレンが、14局表紙で黒六も着ていた、神聖ローマ帝国のオーストリア軍服を着ています。
ケンペレンはハンガリー人ですが、この時代戦争が多く、人種が入り乱れていたのもあり、従軍の際は自国以外の軍服を着ることもありました。
とくに神聖ローマ帝国は領邦国家で、内乱や連合軍で、戦場では敵か味方かわからなくなるので、統一性を持たせるため着ることもあったようです。
従軍者は軍服が支給されるので、それを活用してスパイになったり、貧しい者は登城する際、過去にもらった軍服を着ることもあったとか。
取材先のウィーンの軍事資料博物館で、オーストリアだけでなく、戦ったフランスやプロイセン、北欧や中欧の軍事資料もあったので、ベルサイユのモブに少し取り入れています。欧州中から人が集まるベルサイユの当時の雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。


ちなみにレベッカのいる村は、バイエルン王国ニュルンベルクの近郊の想定です。以前は時計の一大生産地であり、過去に起こったドイツ30年戦争や、続く内乱で壊滅した地域です。多くの民衆が殺され逃げ出し、オーストリアやフランス、イギリスへと亡命しました。
戦争は歴史の華といいますが、こういった記録されなかった大多数の歴史のことも、少しでも伝わればいいなと思います。


さて次号は46話。
戦いを乗り越えた黒六は…?
色々秘密が明らかになります。
反応・感想楽しみにしています。
応援宜しくね!!

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