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まんが家バックステージ

サンデー作家陣

磯見仁月

Vol.32/2014年8月20日

グーテンターク!!
仁月です。
お盆も終わり、皆様いかがおすごしでしょうか。
スタッフは少し夏休みをとってもらい、メンバーも少し入れ替わりました。
仁月は夏風邪ひきながらネームだったけどね!
なれないサイクルになると気が抜けるようです。
では合併号あけのうんちくスタート!!


クロノ・モノクロームも33話。
今回ようやく…、お風呂をだせましたーーー!!
割と連載開始当初から、「お風呂とトイレって18世紀どうなってたんですか?」
とツイッターやブログで質問されることが多く、水回り事情は18世紀とても面白いので、いつかはやらなあかんわ!!(使命感)と思ってたのですが…。
気合い入れすぎてネームの半分以上が風呂とトイレの話になり、お話にならなかったので自己ボツ。
またいつか本編で…、無理ならブログか単行本に詳しく載せようかと思います。
なので今回はちょっとだけ。


まず上記の写真。
ウィーンで見つけた面白い椅子です。
これ、よくみると連結部分があって、数パターンの形になる可動式椅子なんですね。ヨーロッパは椅子文化、椅子をベースに何か作ることが多く、お風呂もその一つでした。

ヨーロッパは中世の伝染病の大流行で、水が感染源だという迷信が広がり(実際は空気感染)、それ以前はあった入浴文化がすたれてしまいました。
のでヨーロッパ人は地域により頻度は変わりますが、生涯に数えるほどしかお風呂に入らず、普段は綺麗な布でこすったり、着替えを繰り返して清潔さを保っていました。
でもやはり入らないと体臭が気になるもの。
それで麝香などの、きついにおいの香水をつける風習が広まったのです。

…という話が割と有名でショッキングなせいか、近世までその状態と思われてる方が多いのですが。

実は18世紀は、入浴文化が復活した時期でもありました。
啓蒙主義にみられる、古い迷信を打ち破ろうという機運が高まったころで、医療・科学の進歩でむしろ入浴は衛生を保つのに必要ではと見直されたようです。
知識欲の高い富裕層は入浴を始めるようになり、香水も花の香りなど薄いものに変わっていきました。
特にオーストリアは水源が多いのもあって、結構早い時期から民衆でも泉や川で体を洗い、王家では毎日入る人もいたとか。
人種や宗教によっては入浴が当たり前の人もいたそうで、諸説ありますが、ヨーロッパは風呂に入らないというのは一概に当てはまらないことも多かったようです。
記録というものは変わったことほど残り易いので、時代考証の上でなかなか難しいところですね(そこが面白いですが)。

おしゃれな椅子をお風呂に仕立て、クッションやシーツを沈めて、おやつや従者とおしゃべりしながら、長風呂をゆっくり楽しむのが当時の流行。
現代のお風呂のTVや本をもちこんだりする感覚かもしれません。
そしてオーストリアと同盟を結んだフランスも入浴文化が移り、パリにはお風呂屋さんも復活したそうです。

次回は34話。
1770年からさらに時がさかのぼります。
作画頑張った回なのでこうご期待!!
反応・感想楽しみにしています。
応援よろしくね!!

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