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サンデー作家陣

磯見仁月

Vol.21/2014年5月28日

グーテン・ターク!!
仁月です。

いつの間にか5月も終わりにさしかかり、春とはなんぞや状態です。
アシ時代、お世話になった先生たちと酒の席で話してると、
「週刊連載してた頃の記憶って、あんまりないんだよね。」と何人かから
聞いたことがあったんですが、今よく分かります。
まさしく光陰矢の如し!!

さて、先週号はお休みをいただき、ありがとうございました。
今週号から再び宜しくお願いします!!



さて、今回はモーツァルト編エピローグ。
これでモーツァルトも暫し描きおさめなのが、少しさみしいですね。
モーツァルトとクロムの新しい出発?ということで、モーツァルトのその後に少し触れたいと思います。

この22話の時点でモーツァルトは14歳。
クロムと同じ年齢です。
史実上は音楽家として活動するため、スポンサー探しもかねて、父親とイタリアを周遊中でした。アマデウスは洗礼名で、このころからペンネームとして使うようになったといわれています。
この後、各地を巡り、多くの名曲やオペラを作り、偉大なる音楽家として躍進するのですが、彼が成功し、その後自分の家族をもち、最後に住み着いたのがウィーンでした。

上記の模型は、ウィーンのモーツァルトハウスにある、当時の家の様子を推測したものです。
なにやら椅子がたくさんあり、コンサートホールのようになっているのがおわかりでしょうか?
当時の友人の手紙には、日曜などに自宅でコンサートを開き、仲間と盛り上がっていたと記されています。
オーストリア最高の音楽家、その暮らしぶりも豪華で、この自宅も貴族に比べるとささやかですが、サロンや遊戯室、天井に素敵な小窓と豪華な装飾のある小部屋(一説ではここが仕事部屋であり、おしゃれな環境でイマジネーションを膨らませていたのではないかということです)もあり、一般市民のなかではとてもリッチだったことがわかります。
いわゆる現代でいうデザイナーズマンションのノリでしょうか。
家賃は年間450グルテン。
当時としては最高級の物件で、そこで彼は妻と赤ん坊、そして愛犬とムクドリ、毎日訪れる来客と騒ぎ、新しい名曲を生み出すために戦い続ける日々を送っていたのです。

現在、観光用に開放されている、モーツァルトハウスの展示品は控えめで、レプリカやイミテーションの家具はありません。
訪れる人たちのイメージがそれぞれに膨らむよう、意図的に避けられています。
モーツァルトハウスの館員様も皆、非常に熱心でモーツァルトを愛しておられ、歴史好きの情熱を共有できた取材でした。
皆様も模型を見て、当時の生活を想像して、楽しんでいただけると喜ばしいです。


さて、そんな輝かしい未来に向けて出発したモーツァルト。
彼を見送り、過去のトラウマに縛られたままのクロムは何を思ったのでしょうか。
そして本編では少し事態が動き始めました。
来週は新しい国で、新しい人や懐かしい人が登場します。
お楽しみに!!

クロノ・モノクロームも次号は23話。
反応・感想楽しみにしています!!
単行本1巻ともに、応援よろしくね!!!

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