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まんが家バックステージ

サンデー作家陣

藤木 俊

Vol.3/2009年3月11日

どうもです、藤木です。


なに書いていいかいつも悩みます。
とはいえ作品のこと語るのもなんなので、
そっちは見てくださいとしか。


今回はサンデーに投稿した頃の話でも。


そういえば去年からサンデー誌上で「マイスイートサンデー」とかやってますよね。
自分とサンデー、という企画でいろんな作家さんが思い出話を描いたり…
自分も描く予定だったのですけど、連載開始のバタバタでお蔵入りに。
そのリベンジってことで。


サンデーに投稿したのは24歳の頃。
それまで趣味で漫画は描いていましたが、
ちゃんと原稿にしたのはその時が始めて。
就職浪人をしてたので就職活動の一環でした。
今なら就職浪人もめずらしくはなさそうですが、
もうかれこれ10年以上前の話。
就職浪人なんてほとんどいなく、肩身がせまかったんです。


もともと漫画家になりたい、と小学生の頃から考えてはいましたが、投稿したからといって
「自分がなれるわけないよなー、世の中そんなに厳しくないよなー」と
思ってました。
そうして何か月かが過ぎ…
臨時職員とかやってた頃に結果が!
サンデーのまんがカレッジの努力賞にひっかかりましたー!
その時のうれしさたるや、たぶん人生で最高レベルだったと思います。
電話をかけてきてくれた担当さんにすげえ緊張したのを覚えてます。
いける・・・・おれの漫画は認められた・・・!
妙な高揚感につつまれてました。
で、その時の担当さんから「東京出てきてアシスタントやってみない?」とのお誘いが。


・・・・・・・・。


そこでフリーズ。
え・・・・東京いかないといけないの・・・・?
悩みました。
なぜならば福岡の田舎に住んでた自分にとって東京は魔の住む異国。
のこのこと出ていったら都会の容赦ない荒波にさらされ、
人格崩壊か、のたれ死にか、コンクリート抱いて東京湾かのどれかだ!
という思い込みがあったからです。
そう、自分にとっての漫画家になるための大きな壁、
それは「おそろしい都会に行く」ということでした。
それ以外の部分はスコーンと抜けてたと思います、当時を振り返ると。
で、当時の私は頼もしいくらいのチキンっぷりを発揮。
「すいません、もうちょっと考えさせてもらってもいいでしょうか・・・・」



とりあえず先伸ばし!
(これがおれの生き様じゃああああああ!)


がしかし、その時…神の声が。
「いつまでもぷらぷらしてないで仕事になるなら東京に行きなさい」
いや、神かと思ったら母上でした。
その時の冷ややかな言葉を聞いた今でいうニートだった私は、
即座に「あ、やっぱりいきます、東京」と手のひら返してました。
今思えば、母上のひとことがなかったらここにはいなかったわけです。
ありがとう母上。

で、東京に来る羽目に。
がくがく震えながら。

ひとまずこんなところでしょうか。
それではまた続きを描く機会があれば…


追伸:東京は意外といいやつでした。

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